2010年 01月 04日

平尾源太夫氏 逝く

今日の新聞お悔やみ欄に平尾源太夫氏(ひらお げんだゆう)の訃報が載っていた。
但馬は勿論、県内でも有数の豪農・旧家の10代目当主であり、旧豊岡市の3代目市長も勤められ
た方である。

江戸時代末期には200町歩余りの田畑を有し、自家所有の屋敷・山林・田畑だけを通って県都・神
戸まで行けたとの逸話もあった程の資産家であった。戦後の農地解放でその資産はかなり放出され
たであろうが、それでも立派な屋敷は健在である。

10代目・源太夫氏は、神戸銀行(現・三井住友銀行)豊岡支店長を経て、豊岡市農協(現・たじま農
協)組合長を務められました。
昭和56年7月、当時の橋本省三市長の病気辞任を受け、3代目豊岡市長に初当選。平成元年7月ま
での2期・8年間在任された。

実は初当選された昭和56年は、僕は中学2年生だったが選挙に興味があり、今でも当時の事は良く
覚えてる。初代佐川辰夫市長・2代目橋本市長共、旧市街地出身の市長だった。佐川氏は豊岡町長
からであり、橋本氏は県議からの市長就任であった。それに対し、平尾氏は旧村部出身であり、銀行
や農協という民間出身であった。市街地住民からは旧家の旦那であり、政治経験のない平尾氏に批
判もあったため、対立候補の森垣孝一氏(社会党元市議・県議・前回市長選も橋本氏に1200票差と
惜敗している)有利の声も耳にした記憶がある。

不利な下馬評もあったが、結局は橋本氏の後継候補であった平尾氏が森垣氏に3000票余りの差を
つけ当選したのである。

なお3選を目指して出馬された平成元年の選挙は、選挙マニアの僕が初めて選挙権を得て臨んだ選挙
でもあった。当時、消費税が導入されたばかりで世論は自民党に批判的であった。自民党推薦候補で
あった平尾氏はこのあおりをまともに受ける形となったのは気の毒であった。その結果、残念ながら対立
候補の当選になり、平尾氏は今期限りで引退された。
余談であるが、在任中にその豪邸に目を付けた強盗が深夜に忍び込んだが、冷静に対処し、たしなめた
事もあった。

一昨年の4月と11月にその立派な屋敷を見学する機会を与えてもらった。市教育委員会の企画であった
が、国登録有形文化財に登録された屋敷を一般公開されたのである。
その時の様子はこちらこちら

その時に久しぶりに見かけた平尾氏であったが、年はとられてたが白髪の老紳士振りは健在で、気さくに
来客者を迎え入れられてた姿が印象的だった。

最後に、改めて平尾氏のご冥福を祈ります。

平尾邸の母屋
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在りし日の平尾源太夫氏
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by s-kainaka | 2010-01-04 22:54 | その他


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