2010年 12月 14日

出石鉄道跡を訪ねて 1

廃線巡りの第3段、いよいよ地元を取り上げます。

現在、市町合併により豊岡市になった出石町。但馬の小京都と呼ばれる歴史ある町です。
その出石と山陰本線・江原駅の間を結んでいたのが、出石鉄道です。

出石鉄道は、大正9年(1920年)地元住民の出資により設立され、1929年(昭和4年)、
全線11.2kmが開業しました。

既に国鉄が豊岡の町を通り、地域の中心的な地位が出石から豊岡に移っていたため、出石
町民にとっては、待ちに待った開通でした。

ところが、元々人口も少なく、本線から外れた枝線。さらに世界恐慌等、時代背景にも見放
された地方路線。万年赤字路線から脱却することはできませんでした。
地元も自分達の鉄道を守ろうと、町民に利用を呼び掛けたり(江原グンゼの工員や県立八鹿
農蚕学校の学生にも利用促進した)、当時はたくさん生息していたコウノトリの営巣地の見物客
を誘致したりと、必死の取り組みをみせましたが、好転する事はなかったようです。

そして戦局が悪化した昭和19年、不要不急路線に指定され施設の撤去・供出を命じられ
休止。バスとトラックによる代替運行に切り替わりました。

終戦後も復活することなく、昭和45年会社は正式に解散しました。

今回、改めて廃線跡を巡るにあたり、廃線後60年以上が経ち、痕跡を探し出す事は苦労が
予想されました。しかし、田舎であり、開発されず残っている物も多く有ったことは、誠に
嬉しく感じました。

何日かに分けて撮影・取材したため、光線状態・草木の色合いも疎らですが、ご了承ください。

山陰本線との接続駅・江原駅跡。JR江原駅北側の駐車場がその跡地です。
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江原を出て直ぐの路線跡は、テナントが入った建物が建ってます。
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その店舗の合間にある水路で、最初の遺構を発見。小さな橋が架かっていた名残です。後ろに見
えるのは、JR山陰本線です。
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山陰本線と暫く並走した後、路線は鶴岡集落の中を行きます。
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そして、出石鉄道最大の遺構である円山川橋梁跡に出ます。
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過去2度の台風による流出・復旧を乗り越えながら廃止された鉄橋の名残です。

川の水位が浅いと、橋脚の土台跡が姿を見せます。
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そして最初の駅(停車場)である上郷駅跡です。数年前の道路や圃場整備により、駅の名残は
全くありません。植村直己ふるさと公園のあるあたりが、駅跡と言われてます。
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この道路も線路跡を拡幅整備したものだそうです。
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少し行くと、また小さな川を跨ぎます。そこにも片側だけコンクリートの橋台が残ってます。
ここまでが、旧日高町になります。
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旧豊岡市内(当時は中筋村)は、ほんの僅かな区間しか路線がありません。
市谷川には両側に橋台が残ってます。かなりしっかりした造りです。
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その橋を過ぎると2つ目の駅・中筋駅跡です。少し朽ちてますが、コンクリート製のホームが
見えます。僕の父も子供の頃、ここから出征される兵士を村人総出で見送ったそうです。
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駅跡の両側は、既に住宅が立ち並び当時の名残は見つけられません

そこから路線は山際を行きます。向こうに見える山裾がそのようですが、はっきりしません。
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出石鉄道最大の難所、片間峠。急こう配のため、列車が立ち往生し、乗客が後ろから押したと
言われてる場所です。
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ここから、旧出石町(当時・小坂村)に入ります

今回は、ここまでにします。つづく・・・。

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ありがとうございました
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by s-kainaka | 2010-12-14 08:11 | 鉄道


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